飯川そま
2023年11月から突然漫画を描きはじめた人。2023年7月の末に人生もういつ死んでも悔いはないと思えたから。
でも、ひとり孤独に死んでいっても私の生きた記憶や考え方が残らない。それを伝える相手はひとりもいない。それに伝えたい量も膨大すぎるのだ。
だから、死ぬ前に絵にして電子の中に遺した。文章でなく漫画にした理由は、自分がエッセイ漫画が好きだし込めた思いが解像度高く伝わるだろうし、活字より多くの人の目に触れると思ったから。
つまりこれらはみんな私の遺書です。
大勢の人に読まれることを望むくせに、大勢の人に好かれる内容ではありません。本来なら私の心の奥底に隠しておくべきことたちなのでしょうが、吐き出さないと心が痛むのです。私の心に蓄積されていた汚泥をこねくり回して作った作品たちをお楽しみください。『そして、記憶してください。私はこんな風にして生きてきたのです。』てかぁ?(テヘペロ
漫画は基本私の考えそそのものだったり、それを例え話にしたものだったり、はたまた反論を期待しての皮肉だったりするので「エッセイ」タグを頻繁使わせていただきます。「この漫画で何を伝えたいか?」は私が漫画を作り始める前に必ず考えることです。
でも、ひとり孤独に死んでいっても私の生きた記憶や考え方が残らない。それを伝える相手はひとりもいない。それに伝えたい量も膨大すぎるのだ。
だから、死ぬ前に絵にして電子の中に遺した。文章でなく漫画にした理由は、自分がエッセイ漫画が好きだし込めた思いが解像度高く伝わるだろうし、活字より多くの人の目に触れると思ったから。
つまりこれらはみんな私の遺書です。
大勢の人に読まれることを望むくせに、大勢の人に好かれる内容ではありません。本来なら私の心の奥底に隠しておくべきことたちなのでしょうが、吐き出さないと心が痛むのです。私の心に蓄積されていた汚泥をこねくり回して作った作品たちをお楽しみください。『そして、記憶してください。私はこんな風にして生きてきたのです。』てかぁ?(テヘペロ
漫画は基本私の考えそそのものだったり、それを例え話にしたものだったり、はたまた反論を期待しての皮肉だったりするので「エッセイ」タグを頻繁使わせていただきます。「この漫画で何を伝えたいか?」は私が漫画を作り始める前に必ず考えることです。